情景と自由な即興演奏──〈すみだのかたち〉参加レポート

街と即興演奏。一見、どんなつながりがあるだろう?と思う組み合わせですが、2022年、このふたつを結びつけた興味深い催しが行われました。

〈すみだのかたち〉と名づけられたそのイベントに、筆者もいち参加者として伺いました。今回はそのレポート記事になります。

(写真提供: 奥村直樹、長谷川真里絵)

音楽を体験するって? 〈すみだのかたち〉が見せてくれた試み

音楽系のイベントでは、しばしば「体験性」が問われます。近代から現代まで、音楽を楽しむイベントといえば座って鑑賞する行為が主でした。

しかし、サブスクリプションや配信サービスの発展によって、「ただそこに行って・鑑賞するだけ」の体験は、困難な局に立たされています。

〈すみだのかたち〉は、音楽鑑賞という体験について、とても明るい未来を見せてくれました。

このイベントは、錦糸町から1時間ほどゆっくり徒歩で移動し、最後はカフェでマリンバとスティールパンによる即興演奏を楽しむ、というシンプルなもの。

ただし移動中、参加者たちは墨田区の街の風景を写真に収めてゆきます。そして、その中から自分で選んだ一枚が、最後のコンサートで即興で演奏されるのです

錦糸町から北上中の参加者。ゆるやかな団体のお散歩といった雰囲気で、みなさんそれぞれ自分のペースで歩き、写真を撮っていました。(写真提供: 奥村直樹、長谷川真里絵)

歩いて、写真を撮って、“音楽”をしている。

折に触れて、音楽を鑑賞する(聴取する)ことの難しさは問われてきました。特に即興演奏による音楽については、多くの人が頭を悩ませてきたと思います。

次に何が起こるかわからない。一般に”音楽”と言われる枠に当てはまるとは限らない。そもそも、どこからどこまでが「即興」演奏なのか?そんな音楽を、受け取り手はどのように考えれば良いのか?

古今東西、さまざまな音楽家や愛好家たちが「即興演奏」の楽しみ方、受け取り方を提案してきました。

ちょうどこの日は神輿祭りの日。祭りの準備に勤しむ住民との思いがけない出会い、交流もありました。(写真提供: 奥村直樹、長谷川真里絵)

〈すみだのかたち〉では、楽器による演奏が行われるまでの道のりを、受け取り手が演奏者と共に──そして能動的に──歩み、参加したことに、即興演奏の意義が見出されていたように思います

音楽はもちろん、墨田区の街を学び、体験することも目的のひとつ。ゆっくりと街を歩き、地域の歴史について少しお話を聞いたり、参加者同士で穏やかに歓談しながら、時々、列から外れてカメラやスマートフォンのシャッターを切ってゆきます。

(写真提供: 奥村直樹、長谷川真里絵)

ゴール地点は、北十間川を眼前に見る高架下のカフェ『WISE OWL HOSTELS RIVER TOKYO』。テラス席では、もうマリンバやスクリーンのセッティングが始まっています。

ドリンクを飲みながら一息ついていると、スクリーンに、自分たちが歩いてきた道のりがマップで表示されます。宮﨑有里さんのMCで散歩の道のりを振り返り、いよいよ、自分たちの写真が映し出されます。

写真は、参加者一人につき一枚。演奏はその一枚ごとに行われます。「この写真を撮った方はどなたですか?」との呼びかけに、手をあげる参加者。自分はなぜこの写真を選んだのか、自分のことばで語ります。簡潔にひとことで表す方、辿々しく一生懸命に話す方、たくさんの理由を喋る方、いろんな方がいました。

そして、写真について語るのは、参加者だけではありません。演奏者のお二人も、演奏の前後でコメントをしていきます

参加者と演奏者の交流 – 写真を楽譜に見立てて

例えば、カニ料理とワイン(!)の看板の写真。「カニといえば日本酒だと思っていたけど、ワインなんだ。と思って」と、写真を選んだ理由を語る参加者の方。

すると演奏者のお二人は、「どっちがカニをやろうか?」「ワインは?」「この白い線なんですけど、お酒を飲むとかーって何かが開いてく印象があるじゃない。あんな感じでどうかな」などと、どんどん、写真を見て浮かぶイメージをことばにしていきます。まるで図形楽譜を読み解くようです。

何かを見て、どんどんアイデアを巡らせて、アウトプットする。参加者と演奏者が語り合っているその時間こそ、即興演奏と言えるかもしれません。

終わった後にも自分達の演奏を振り返り、お互いが考えていたこと、想定していなかったことを語り合います。共感し合うこともあれば、「えっ、そんなつもりだったの?」と驚くことも。

演奏者が、演奏中、実際に何を考えていたのか?──たった今行われた(あるいは行う)即興演奏について、演奏者の生の声が聞けるので、参加者も興味津々。また、今回は参加者が撮影した写真という共通の素材があるため、演奏者の声がよりリアルで、親密に思えました。

演奏について、演奏者自身は語りたくない・聞きたくないという人もいるでしょう。ですが、〈すみだのかたち〉ではお散歩→写真撮影→写真セレクト→演奏前後のコメント、という流れが、参加者と演奏者の交流をスムーズにしていて、より一層「音楽をする」という行為を一体化していました。

実際に行われた演奏。調性やリズムを保ちつつも、楽器の特性を生かした自由な即興が展開してゆきます。(マリンバ: 野木青依、スティールパン: MC.siirafu

まとめ

ある参加者の方は、「自分の写真が演奏されて、まるで自分も演奏に参加しているようだった」とおっしゃっていました。

例えば、「この風景、いいな」と思ってシャッターを切る。そのとき、なんとなく「これを演奏するって、どんなことになるんだろう?」という思いが頭をよぎります。

例えば、ゴールのカフェに到着して、お気に入りの一枚を選ぶとき。「どんな音楽を聴きたいだろうか?」と思ったり、直感的に選んだ一枚が「演奏するのに困らないかなあ」とちょっとドキドキしたり。参加者は知らず知らずのうちに、コンサートまでの道のりで音楽に参加しているのです。

また、地域と音楽の結びつきという意味でも、非常に意義深い催しでした。最後にコンサートで写真を演奏する、とわかっているため、まちの風景、ひとつひとつに注意深く目を向けるようになったのです。

普段なら見過ごすだろう、何気ない駐車場の看板。街の掲示板。誰が住んでいるのかも知らない、古いマンションの外壁。そして、お店やお祭り、いつも通り「すみだ」の生活を営む人々との交流。この日、筆者が歩いた風景は、〈すみだのかたち〉として確かに刻まれました。

シンプルな看板と名前が参加者たちの間で印象的だった、カラオケパブ。
筆者が撮影した写真。小川が流れ緑がうつくしい公園のすみに、ちょっと影を帯びた人工物がそびえていたのが印象的で撮影したのでした。

地域と結びつき、「音楽」という体験がどんどん広がっていく、素敵な催しでした。〈さんぽチーム〉による活動が、今後、より一層発展してゆくことを心から応援しております。今後も是非ご注目ください!

(写真提供: 奥村直樹、長谷川真里絵)

主催・出演者情報

さんぽチーム

©︎奥村直樹

マリンバ奏者・野木青依と、音楽家・MC.sirafu、コーディネーター・宮﨑有里によるチーム。

2021年に野木が主催し、宮﨑が制作を務めた企画「マリンバさんのお引越し」で、偶然MC.sirafuと出会い、野木との即興セッションが実現。その後意気投合し、3人とも目的を持たずふらふら歩く散歩が好きなことから「さんぽチーム」(SAMPO TEAM)とした。日常の中に音楽が入っていくような企画展開を計画中。

WEB: https://sampoteam.amebaownd.com/

野木青依

11歳からマリンバ演奏を始める。桐朋学園大学音楽学部卒業後、2018年8月メルボルンにて「第5回全豪マリンバコンクール」第3位並びに新曲課題における最優秀演奏賞受賞。2019年頃より即興演奏を表現方法のベースに「偶然」と「交流」を重視した企画・作品を発表。マリンバと街を練り歩く「マリンバ・ネリネリ」シリーズ、街や家に滞在する「マリンバさんのお引越し」、服の型紙や布を楽譜と捉えて音楽をつくる「ファッションを演奏する」など。

Instagram: @blueoi_pyy

MC. sirafu

自身のプロジェクト、「片想い」、「ザ・なつやすみバンド」、「うつくしきひかり」をはじめ、スティールパン、トランペット等マルチプレイヤーとして、過去には元ceroの特殊サポーター、oono yuuki、VIDEOTAPEMUSIC、NRQなどさまざまなバンドへ参加をする。
フジロックをはじめ、全国のフェスに出演する傍ら、ローカルな地域へのフィールドワークも欠かさず、角打ち愛好家としての活動も知られている。

Twitter: @mantaschool

宮﨑有里

みやざき・ゆり。ニックネームはゆりえる。1995年千葉県生まれ。青山学院大学総合文化政策学部卒業。学生時代から都内のさまざまなアートプロジェクトのボランティアに参加。現在はフリーランスで音楽やアートプロジェクトの制作/運営/広報に携わる。好きなものは芋、プラナリア。最近興味のあることは畜産農業と演じること。

WEB: musicsky.amebaownd.com/