【実践】フリー・インプロヴィゼーションをコンサートでやってみよう!

クラシック音楽のような、さまざまな演目で構成されたコンサートで、フリー・インプロヴィゼーションをやってみましょう!

これは簡単なようで難しい試みです。しかし、うまくいけば、文字通りあなただけのコンサートができるかもしれません。

初めに:「これは本当に即興なんですよ!」

いざ公演、いざ即興演奏! ──の前に、あらかじめ「これは本当に即興なんです!」という旨、観客にはっきりお伝えすることをおすすめします。

フリー・インプロヴィゼーションや即興演奏になじみのない人たちからすると、いきなり「いまから即興で演奏します」と言っても、なかなか信じてもらえません

また、「フリー・インプロヴィゼーション」「即興演奏」ということばのややこしさたるや。

いきなり「フリー・インプロヴィゼーションをやります!」と言っても、「フリー・インプロとはなにか」、おそらくほとんどの観客は理解していません。フリー・インプロヴィゼーションということばは、我々が思っている以上に、知られていません

一方、比較的認知されていることばは「即興演奏」でしょう。とくにクラシック音楽のコンサートで「即興演奏」という演目を見ることは滅多になく、この演目は曲目一覧のなかでひときわ目立つでしょう。

しかし「即興演奏」と書いた場合も、

  • 「即興演奏」ってなに? ジャズをやるのかな?
  • カデンツァを演奏するのかな?
  • 即興演奏っていっても、さすがに事前に打ち合わせしてるんだろうなあ。

などなど、さまざまな疑問が観客のあいだには飛び交うかもしれません。これらの疑問をすっきりと解決しておくか、それともあえてそのままで挑んでもらうのか……それはあなた次第です。

繰り返しになりますが、くれぐれも、演奏前に「これは本当に即興なんです!なんにも決めてないよ!これは本当に“自由な即興”なんだよ!」という旨だけは、観客にはっきり表明しておきましょう。

Ⅰ. シンプルに、ただ即興で演奏する ~ ストイックにフリー・インプロを届けたい方へ

こんな人におすすめ
  • ストイックにフリー・インプロヴィゼーションを届けたい
  • 正真正銘、“自由な即興”がしたい

ここからは、具体的な即興の実践例を紹介していきます。

まずは、もっともシンプルかつ奥深い例から。ただ「即興演奏」や「フリー・インプロヴィゼーション」と題して演奏するのみ。なんだかんだ、これが安定ではあります。

シンプルゆえに、考察したい点が4つ。1. 演目の順番、2. フリー・インプロヴィゼーションの内容3. 演奏時間の調整、そして 4. 観客から見た演目の特殊性です。

1. 演目の順番

「フリー・インプロヴィゼーションの演目をどこに入れるか?」これは公演プログラムを組む段階で考えたいことです。

公演の一曲目? 楽曲の合間? 公演の最後? 休憩を挟んで、後半すべて即興?

どのタイミングで、即興の演目を挟むか。ほかの曲目、コンサートのテーマ、自分の体力などを踏まえた上で、じっくり考えましょう。

2. 演奏の内容

演奏の内容は? 小品のようなサイズ感か? ソナタのように型式を作り込むか?

前後の演目との兼ね合いも重要です。例えば、「バッハの無伴奏ソナタとプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタの合間だったら、どんな即興演奏がよいのか?」ということです。

といっても、なんとなくのイメージでじゅうぶんです。作曲するようにがっちり決めておこう、という話ではありません。だってフリー・インプロヴィゼーションなのだから

自分の体力管理も関係してきますし、実際に舞台に立ってみて感じる空気、観客の空気なども影響するでしょう。これはこれで即興の醍醐味、あまり気張りすぎず、そういうものだと受け入れることがコツ。

3. 演奏時間の調整

さあ、いよいよフリー・インプロヴィゼーションをする時。ここで案外難しいのが演奏時間の調整です。

フリー・インプロのライブでは、多少終演時間がずれこんでも問題ない(ことが多い)ですが、厳格なタイムテーブルの存在する公演の場合、これは死活問題です。

解決策として、演奏中でも見える場所に、ちいさな時計を設置しておくことをおすすめします。あるいは腕時計を装着するか。

それが難しければ、事前に時間をはかりながら即興演奏を練習し、「10分間」「20分間」「30分間」を体内時計に刻んでおくしかありません。

4. 観客から見た演目としての特殊性

作曲者名と作品がならぶ中、ぽつんと記載された「即興演奏」「フリー・インプロヴィゼーション」。

初めて見た観客は、ほかの演目以上の期待や不安を抱くかもしれません。

つまり、あなたが「フリー・インプロヴィゼーション」を曲目一覧に記載したとき、それは、相応の内容が求められる可能性が高い、ということです。当たり前のことですが、その特殊性は、だれよりも奏者であるあなたが自身、覚悟しておいたほうがよいでしょう。

いずれにせよ先述のとおり、どこかで「これは本当に即興なんです」と強調しておくことをおすすめします。終演後、観客から「あれって本当に即興なの?」と聞かれることの悲しさたるや。

Ⅱ. 曲間や楽章間を繋ぐ即興演奏 ~ 演奏家としてちょっと個性を添えたい方へ

こんな人におすすめ
  • 公演中、がっつりフリー・インプロヴィゼーションをする自信はない
  • 既存の作品に、自分なりの解釈を加えたい

これは、フリー・インプロヴィゼーションというより、やや西洋音楽的な即興演奏に寄るかもしれません。組曲の楽章間、あるいは曲目の合間を、みじかい即興パートでシームレスに繋ぐ、というものです。

実は、筆者はまだ実践したことがありません。というのは、かなり難易度が高いからです。下記に主な理由を記載しておきます。

  • 集中力が必要な曲(楽章)の合間に、即興パートというイレギュラーな存在を入れる
  • すでにある楽曲の解釈、作曲者の意図を崩せないよう、注意を払わなくてはいけない
  • 「いっそ即興より作曲しておいたほうがよいのでは?

とはいえ、作曲ではなくあえて即興で楽曲や楽章間を繋ぐという行為は、西洋音楽の歴史から見ると、とても意義のある試みだと思います。我こそはと思う方。ぜひトライしてみてください。

Ⅲ. お題即興 ~ 観客とコミュニケーションを取りたい方へ

こんな人におすすめ
  • お客さんとコミュニケーションを取りたい
  • 公演中、演奏者も観客もリラックスできる時間がほしい

こちらは「お題即興」。名前の通り、観客からお題をもらい、その場で即興演奏を返す、というシンプルな取り組みです。

お題は、公演中に司会進行をしながら聴いてもいいし、公演開始直前にアンケート用紙などに回答してもらっておっくのもおすすめ。

これは、お客さんにも即興であることが目に見えてわかりやすいため、うまくはまれば盛り上がります。難点は、超難題が出現する可能性があること。一生懸命、ベストを尽くして即興演奏で返しましょう。

おすすめのお題は動物や料理。具体的ではっきりとした名称の出る質問だと、演奏者も観客も回答しやすいと思います。

【応用編】複数の即興を組み合わせてみよう

ここまで挙げてきたⅠ〜Ⅲの即興演奏を組み合わせても面白いかもしれませんね。

  • Ⅲの「お題即興」からフリー・インプロヴィゼーションの様子を知ってもらい、Ⅰのシンプルなフリー・インプロにつないでいく。
  • Ⅰのフリー・インプロで公演の冒頭と最後を挟み込む。

などなど、アイデアは組み合わせ次第で無数にあります。ぜひ、あなただけのコンサート・プログラムを組んでみてください。

終わりに: フリー・インプロヴィゼーションを、即興がメインでない公演プログラムに組み込む意味

最後に、フリー・インプロヴィゼーションを、即興がメインでない公演プログラムに組み込むことの意味を考えて終わりたいと思います。

今回、クラシック音楽という分野にフォーカスして執筆しましたが、これらは広く、スタンダード・ジャズ、邦楽、バレエや演劇──「既存の作品や演目を上演する公演」にあてはまることだと思います。

既存の作品を解釈し、上演するプレイヤーたち。本来、彼らには彼ら自身のことばがあり、彼らの主張があるはずです。

それがいつしか、古典作品なら古典作品の、何百年も前に生きた作者のことばを再現することが第一であり、プレイヤー本人のことばはあくまで、その作品いろどりや余白として発せられるものとなりました。

その結果として、たとえばクラシック音楽においては、演奏家自身の個性が軽視、ともすれば嫌悪される傾向にあります。ほんとうにたくさんの演奏家がこの世界には存在しているのに、彼らにどれだけ個性があっても、どれだけ豊富なボキャブラリーがあっても、そもそも、それらを披露する機会が少なすぎるのです。

また、観客の目線に立ってみましょう。古典的な演目を楽しみにくる人たちもたくさんいます。でも、「知らない」ことよりも、「知っている」ことが前提で進んでいく2時間は、良くも悪くも簡単にやりすごせるものではありません。

結果として多くの人が、さまざまな表現分野を「敷居」を理由に遠ざけてしまいました。また、演目に興味を持つ機会は増えても、プレイヤー自身に興味を持つ機会はどんどん減ってしまいました。

そこで、フリー・インプロヴィゼーションが鍵になる、と筆者は考えています。

プレイヤー自身がプレイヤー自身のことばで語る時間。そして観客が、否応なくプレイヤー自身のことばに100%目を、耳を、全身を研ぎ澄ます時間。

プレイヤーは文字通り裸の自分自身と向き合わなくてはいけません。観客は、作曲者や年代やジャンルや、そのほかさまざまな価値観から放り投げられて、目の前にいる「1人」から、すべてを受け取り、飲みくだし、解釈しなくてはいけません。

それは、形がさだまったコンサートや公演の鑑賞に、少しずつ変化を与えるはずです。

「この人の即興が好きだから、きょうはこの公演に行こう」

そんなふうに、数多ある公演の中から、あなたを選んでもらえる可能性が、ちょっとだけ高くなるかもしれません。

あなたのレパートリーに、ぜひ、即興を。