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何をしていても“ヴァイオリニスト”でありたい──加藤綾子インタビュー【前編】

幼い頃からクラシック音楽の道を一直線──かと思いきや、即興的な表現を扱う団体/メディア「インプロ・りぶる」を立ち上げたり、現代音楽の公演に出演したり、インタビューや音楽記事の執筆をしたりと、幅広く動き回るヴァイオリニスト・加藤綾子(かとう あやこ)。その野心的な行動力と、クールでユーモアのこぼれるパフォーマンスからは目が離せません。

どのように、何を思って、彼女は“ヴァイオリニスト”になったのか? 加藤とは中学時代の同級生であり、現在、シリーズ公演『作品』および「インプロ・りぶる」で協働する岡本が直撃しました。

加藤綾子(かとう あやこ)- ヴァイオリニスト

洗足学園音楽大学および同大学院弦楽器コースを首席卒業(修了)。ベルギー・ナミュールの音楽院「IMEP」修士演奏家課程を、学年最高得点にて修了。
市川市文化振興財団、小田原文化財団、日本現代音楽協会などの主催公演に出演。クラシックや現代音楽、即興など幅広いシーンで活動しながら、自主公演を企画。2023年のソロ・リサイタル〈百鬼夜行〉では、演奏楽曲のミュージック・ビデオをみずから演出・制作した。
〈インプロ・りぶる〉代表。信州を拠点に活動する、作曲家・渡辺裕紀子と松本真結子との音楽グループ〈やまびこラボ〉メンバー。福士恵子アンサンブルクラス専属ヴァイオリニスト。佐近協子、瀬戸瑤子、沼田園子、マーク・ダネルの各氏に師事。

「なんなんだよ即興!」大学時代、即興演奏講座でのモヤモヤ

Photo:Kazutaka Monden

──いきなりだけど、加藤さんにすごく聞きたいことがあって……即興してるときって、何を考えてるんですか?

加藤:その時によりますね。めまぐるしく頭が回転して、今起きていることや次に来ることを分析しているときもあれば、なーんも考えてなくて、体に任せちゃうときもあります。

──なるほど。自分で「あ、いまいい状態だな」って思うのはどんなときですか?

加藤:頭の中が「すんっ……」って静かになって、体が勝手に動いて、周りのパフォーマンスにも無意識で反応する状態かなあ。見ている人にとって、それがいいかはわからないけどね。

──即興を始めたのは、大学での授業がきっかけだったんですよね。始めたころから即興は得意だったんですか?

加藤:いや、最初は全然、できなかったですよ(笑) 「即興とか無理だわ」って思ってました。ヴァイオリン科の同級生で、コードに合わせてアドリブを取ったり、ハモったりするのがすごく上手な子がいたんです。彼が「即興演奏講座、面白いよ」って言うので、じゃあ一目見に行ってみるかって聴講したんです。1年生のときだったかな。

そのときは受講生の人数もかなり多くて、たまたま居合わせた弦楽器の生徒5・6人のグループに、とくに説明もなく、ぽいって放り込まれたんです。「この音、変かな? いいのかな?」って探りながら、10分くらい、ただただ即興に慣れてる子の音についていきました。だからすごくモヤモヤしたんだよね。「何なんだよ即興!」「なんでみんな、楽しそうなの? 私は全然楽しくないんだけど!」って(笑)

大学に入るまで、何時間もガチガチに音階や曲をさらっていたような人間だったから、「即興? 楽譜なしで弾く? は?」って、頭がフリーズしてました。

高校、大学、大学院、受験に次ぐ受験。そしてベルギーへ

Photo:Kazutaka Monden

──確かに言われてみると、私が覚えてる中学時代の加藤さんは「毎日ヴァイオリン練習8時間だぜ!」みたいな感じでした(笑)

加藤:私、そんなこと言ってたんですか? は、恥ずかしい……

──言ってたよ(笑) 実際、8時間の練習って、どんなことをしてたんですか?

加藤:中学って、一番イキってた頃だからなあ……何してたんだろう。自分でも、8時間さらってたのが真実かどうか記憶が怪しい。本当ならよくやったよ。いまは絶対そんなにさらわないもん(笑)

そのころって、東京藝術大学の附属高校を受けようとしてたんだよね。藝高の入試って、1次試験は音階とエチュード、二次試験はコンチェルトみたいに、課題曲の範囲がある程度決まってるんですよ。課題曲が予測できるから、まあ、さらおうとすればいくらでもさらえるわけですね。とくに私は、音楽の道に進む決心も遅かったから、余計に練習しなくちゃいけなかった。

──ばりばりクラシック! って感じですね。それで高校から大学、大学院と、ずっと受験続きだったんですよね。

加藤:結局、高校から大学院まで、第一志望には落ち続けるんだけど(笑) 高校は、都立芸術高等学校(現:都立総合芸術高等学校)の音楽科に入りました。美術科と音楽科、それぞれ1クラスのちっちゃい学校で、「都芸」って呼んでました。実技の授業はもちろん、ソルフェージュや聴音の授業もある。学校に通うだけで受験準備ができちゃう環境でしたね。

大学受験に落ちたときは、浪人するか私立に入るかで迷いました。でも、当時ついていた沼田園子(ぬまた そのこ)先生が洗足学園音楽大学で教えてらして。「浪人しないなら洗足に入ったら」「私立の音大は施設や授業が恵まれているから、そこでがんばる道もある」と推してくださったんで、浪人せずストレートで洗足に入りました。平野公崇(ひらの まさたか)先生の即興演奏講座に出会えたのも、この大学に進んだからですね。

洗足学園音楽大学『大学院コンチェルトの夕べ オーディション合格者によるソロの饗宴』より

──そして「モヤモヤした」即興の初体験にいたると。洗足卒業後、ベルギーの音楽院「IMEP」に留学したのは、やっぱり即興を勉強したくて?

加藤:いや、留学と即興はぜんぜん関係ないんです。留学を決めたのは、洗足の大学院を出て、フリーの音楽家として1年だけ社会で働いたあとなんだけど……

大学に入ってから、「自分は何が何でもトップにいなくちゃいけない」みたいな、変に自分を追い込む癖がついちゃって。いざ大学院を出てみたら、非常に落ち込んでしまったんです。音楽家としての強みとか、フリーランスとして仕事をこなしていくタフさとか、オーケストラの現場で円滑に過ごすコミュニケーション能力とか、そういうものが、自分には何もない。どうしよう、って。

自分が持っていたものは、どれも、いわゆる「クラシック音楽家」にはあまり求められないことでした。即興演奏、みんなが恥ずかしがってやらないようなパフォーマンス、動画やチラシを作ったり、文章を書いたり……このままで本当にいいのか? 仮に、他の音楽家があまり行かない道に進むとして、いま自分に一番足りないものは? って考えて、「もう一回クラシックを基礎から勉強しよう」という結論に至ったんですよね。

──そこでもやっぱり、クラシックなんですね。

加藤:そう、なぜか(笑) なんでそう思ったのか、自分でもよくわかりません。とにかく、そこからいろいろ縁が繋がって、ベルギーに行くことになりました。

やっと見つけた自分の場所。クラシックも即興も現代音楽もある世界

ベルギー・ナミュールの音楽院「IMEP」で

──ベルギー留学で印象に残ったことはありますか? 向こうに行ったのは、ちょうどコロナのパンデミック直前だったんですよね。

加藤:コロナ禍だし、留学体験として面白い話はぶっちゃけ、そんなにない(笑) 個人的には、すごく楽しくて開放的な時期だったけど。なんていったって、人生初の1人暮らしが楽しい! ロックダウン中は暇すぎて、毎日、バッハと即興を録音・録画・編集という生活をしてました。

1stアルバム『BAN』ミュージック・ビデオより

──それは楽しそう(笑) 修了試験ではどんなことをしたんですか?

加藤:リサイタルとコンチェルト、それから室内楽の、3つの実技試験がありました。室内楽はホルンとヴァイオリンのデュオで受験したので、リエージュ音楽院の作曲科の子に新曲を書いてもらったんです。その演奏動画をTwitter(現X)にあげていたら、ホルン奏者の近藤圭(こんどう けい)さんから「この曲って、日本で演奏可能ですか? あと、僕のリサイタルに一緒に出てくれませんか?」ってメッセージが来たんですよ。ベルギーのオリンピック団といっしょに完全帰国して、山籠りしてるころの話です。

そこから、日本の現代音楽シーンへの道が開いていきました。近藤さんとの初リハーサルは、彼があんまり面白いことばっかり言うから、3時間くらいずっと腹抱えてたんですよね。「音楽のリハーサルでこんな楽しいことある?」って思った(笑)

──そんなに面白かったんだ(笑) ベルギーでの試験がきっかけで、日本の現代音楽につながるって、すごい縁ですね。

加藤:ある意味、現代音楽には人から入ったんですよ。紆余曲折あったけど、やっと自分の居場所を見つけられたのかなあ。今が一番、ヴァイオリニストとしてのびのびしてる気がする。もちろん、本番でプレッシャーを感じることもあるけど……

自分は、クラシック音楽と言われるものが好きだし、やりたい。けど、いわゆる「クラシック音楽家」っぽい生き方はできない。やりたくない、ではなく「できない」んです。クラシックも即興も現代音楽も、自分にとってはどれひとつとして切り離せない。もっと言えば、楽器を弾くこと以外──今みたいに喋ることも、文章を書くことも全部、私の中では“ヴァイオリニスト”という括りの中の一部なんですよね。

いま生きている人たちの作品って本当に面白いし、私も、自分の個性みたいなものをたくさん発揮できる。そして、周りにいるすごい音楽家たちが、私みたいな、何やってるんだかよくわからない人間にも対等に接してくれる。そういう場所って、なかなか見つけられないじゃないですか。

自分は今、とても楽に、息ができている。この状態で音楽を続けるには、どうやって人生を過ごせばいいのか? ということが一つ、自分のテーマになってますね。

とんがりホルソ企画『思想からホルソへ』より

(取材・文字起こし:岡本唯)
(編集・校正:加藤綾子)
(サムネイル写真:門田和峻)