金子泰子「即興という存在を知ってほしい」──岡山県総社市『インプロビゼイションの会』について【前編】

岡山駅から電車で40分ほど。東総社(ひがしそうじゃ)駅前には、広い空と山々、透明な水が流れる用水路、昔ながらの風景が広がります。駅近くには、市名の由来である神社が佇みます。

そんな総社市の中央公民館・総社分館で、7年にわたり、市民講座として開講されている即興セッション『インプロビゼイションの会』をご存知でしょうか。“即興表現に興味がある人ならだれでも予約なしで参加できる”引用元: Yasuko Kaneko Trombone 金子泰子HP https://yasukokaneko.jimdofree.com/ この会は、トロンボーン奏者・金子泰子(かねこやすこ)さんの主催による講座です。

音楽家、ダンサー、朗読、俳優、アーティスト。高齢者から子ども、即興が好きな人から苦手な人まで、さまざまな人がただ、そこにいる。「やりたくなければ、やらなくてもいい。ただそこにいてくれるだけでいいんです」と語る金子さん。『インプロビゼイションの会』は、なぜ、どのようにして生まれ、続けられている場所なのか? その成り立ちと運営について伺いました。

金子泰子(かねこ やすこ)- トロンボーン奏者、即興演奏家、作曲家

1965年千葉市生まれ。中学生の時から譜面に頼らず即興で演奏することに興味がありつつも当時情報も少なく満足に実現できなかった記憶がある。
その後表現活動をするようになり、即興やオリジナル曲の演奏をしつつ20年ほど前から即興セッションのアイディアを出したりセッションの企画を始める。
ガトーリブレ(リーダー: 田村夏樹)メンバーとして国内、欧州、北米ツアー。そのツアー先で田村よりGIO代表のレイモンドを紹介される。
2014年東京都より岡山県に移住。2016年より岡山県総社市にてすべての表現で参加できる市民講座「インプロビゼイションの会」の世話係兼代表。
2022年グラスゴーにてGIOfestⅩⅤ参加、自作曲’Wall and Window’を共演。
WEB: https://yasukokaneko.jimdofree.com/

総社市の公民館で、地域と共に営む『インプロビゼイションの会』

『インプロビゼイションの会』会場「総社市中央公民館・総社分館」

──『インプロビゼイションの会』は、地域行政の支援を受けながら市民講座として継続している、全国的にみても貴重なセッションだと思います。どのようなきっかけでこの会を始められたのですか?

金子泰子(以下、金子と表記) 東京で『即興芸術研究会』を開催されている北陽一郎さんという方がいらっしゃるんです。その北さんが、2016年に「全国で『即興芸術研究会』ツアーをする」ということで、総社で私と一緒に『即興芸術研究会』をしてくださって。

その会の後半にセッションをしたら、総社に住んでいるお客さんが「次があるならもう1回やりたい」って言ってくれたんですね。その言葉を聞いて初めて、総社にも即興のセッションを喜んでくれる人がいるんだって気がついたんです。

だから、北さんのあの『即興芸術研究会』がなかったら、『インプロビゼイションの会』を始めるのは、もっと遅れてたと思います。すごく感謝しています。

──その後、総社市中央公民館で講座として開講するまで、どんな道のりがありましたか?

金子  NPO『総社商店街筋の古民家を活用する会』の理事長である金丸由記子さんが、公民館の館長さんに話を通してくれたんです。それで「私はインプロヴィゼーション(即興)というものをしていて、それにはこんな効能があって……」というような企画書を出したら、公民館の講座として通って、会場使用料を免除してもらえることになりました。

一番の目的は、即興というやり方、存在を知ってほしいんです。即興って、やっぱり、まだ存在すら知られてないんですよ。公民館の講座になってくれたおかげで、『インプロビゼイションの会』の名前が市報に載るんですけど、それで「インプロビゼイション(即興)」という文字が目に入るだけでもいいと思ってて(笑)

でもこうして、即興セッションが講座として認められる前例ができたわけなので……私ひとりじゃ何もできないけど、誰かが真似してくれたら嬉しいです。

何もやらなくていい。何かやりたくなったらやってください──『インプロビゼイションの会』進行について①

──『インプロビゼイションの会』ではどのように進行されていますか?

金子  大前提として、「やりたくないことはやらないでください」っていうルールにしてるんですね。「セッションに来たから何かやらなきゃいけない」って思わないでいいんです。何もしたくないんだったら何もしないで、そこにいるだけでいい。

とにかく一番言いたいことは、やりたくないことはやらない。例えば、初めてセッションに来た人が「どうやっていいか全然わからない」っておっしゃったら、「だったら何にもやらなくていいです、そこにいるだけでいいから」「何かやりたくなったらやってください」って伝えてます。そうすると、2時間の会が終わるまでに何かしらやる人がほとんどです。ある人なんて、「自分はもう絶対にセッションできないので、見ているだけでいいですか。絶対やらないですけど」って言ってたのに、最後、何か叩いてるし(笑)

「やらなきゃ駄目」っていうと、困っちゃう。でも「やらないでいいですよ」と言って、ただずっとそこに座ってもらえると、いいんですね。

──セッションの内容について、ディスカッションなどはされているんですか?

金子  ディスカッションというほど難しいことじゃないけど、一つのセッションが終わったら、何か言いたいことがある人は、必ずその場で言ってもらうようにしています。

終わって解散した後に何か言われても、私には対処できない。だったらもう、言いたいことがある人にはその場で言ってもらう。後から言ってくる方がたまにいるので、対策としてそう決めています。

それで誰も何も言わないこともあるし、「さっきのはどうやったんですか」とか「自分はこういうことを思いました」とか言ってくれる人もいます。私が言いたいときもあります。ただ、「どうしてこれをしたの?」と聞かれた人も、答えたくなかったら答えなくてもいいということにしています。

──参加される方は、やはり総社にお住まいの方が多いですか?

金子  今、『“総社”インプロビゼイションの会』とつけないでいる理由は、総社以外に住んでいる人の方が多いときもあるからなんです。

というのは岡山県内に、こういうセッションをしてる場所があまりないらしく……例えば演劇だけ、ダンスだけ、絵だけとか、限定したものはあるみたいなんですが、どんな表現方法でも受け入れて、参加する人が自分で提案もできる、っていう感じのセッションは少ないみたい。もっと、こういう場所が増えてくれたらいいなと思っています。

私情を挟まない──『インプロビゼイションの会』進行について②

──「どんな表現方法でも受け入れる」即興の会だからこそ、運営など難しい場面もあるかと思います。どんなことを心がけていらっしゃいますか?

金子  私は、この『インプロビゼイションの会』は実験の場だと思っています。公民館の講座っていうと、手取り足取りやり方を教わって、その通りにやれば何かができるようになって……みたいに期待する人もいらっしゃいます。「即興の講座に行けば、即興のやり方を教えてもらえる」って。

でも、私は「自分にはそんなことを教える力も無いし、即興のやり方なんて人から聞いたらつまんないですよ。どうやるのか探す過程が一番面白いから、自分で探すのがいいと思いますよ」とお話ししてるんです。

私は即興を教えるなんてできないし、何か、この会での評価や価値観が偏らないようにしてる。だから、セッション中パフォーマンスに対して「すごくいいね」とか「もっとこうすればよかったのに」とか、言わないようにしてるんです。自分がいいな・好き・そうじゃないなとか思っても、絶対に出さないで、淡々と進めたいと思っています。

もし私の思ってることが顔に出ていたら、自分の好みを押し付けることになっちゃう。実験の場で、それは絶対に良くないんです。来てくれた人がすでに個性を持っているんだから、その人たちがやってみてどう思ったかが大事なんです。

セッション中。金子さんは必要に応じて自ら参加したり、成り行きを見守ったりする。

──参加する人の中には、アドバイスなどが欲しいという人もいるのでは?

金子  そういう人はあんまりいなかったですね。元々、即興のやり方を教えることはしないしできない、と言ってあるので、納得してもらえてるんじゃないかな。ただ、「人の演奏をたくさん聴いたり、他のセッションにも行ってください」とはよく言っています。

でも、いきなり人前でかっこ悪いところを見せたくない人もいると思うんですね。例えばこれが東京とかだったら、人も場所もたくさんあるから、1回くらい恥ずかしい思いをしても忘れられちゃうでしょう。でも、住んでいる人も少なくて、「どこそこに住んでいるあの人」ってわかっちゃう環境だと、やりにくいこともあるかも。

私も、個々の事情にまでは深く踏み込めません。だからとにかく心がけてるのは、私情を挟まない、自分の好みを押し付けない、ということです。

継続にあたって、ルールを決める──『インプロビゼイションの会』進行について③

参加者がセッション中に何か不快に思ったり、苦しく感じたら、この紙を提示する。また、入退室も自由。

──『インプロビゼイションの会』では、ブログ(http://improvisation3.blog.fc2.com/
)で約束事を明示されていますよね。ここまできちんとガイドラインを示している即興セッションは、珍しいと思うのですが。

金子  会をずっと運営していくなら、ルールは、ちゃんと考えた方がいいと思っていて。例えば、セッション中の写真撮影や録音は、自由にしていただいてます。ただそれを公開するときには、必ず動画や録音に載っている人の許可を得てください、と言ってるんです。

セッションって、自分だけの音ではなくて、いろんな人の音や動きが入ってますよね。それなのに、共演者の名前も出さずに動画や録音を公開するっていうのは、ちょっと失礼に感じませんか?

とにかく一般対象の講座なので、お子さん含めいろんな方が来るし、初めからルールっていうか、「こういうものの扱いはこう」って決めておく必要がありました。そういうところがいい加減だと、信頼してもらえないじゃないですか。

セッションや即興表現をする、っていうことについては全く問題ないんです。毎回楽しいし、「誰も何もやってくれない」なんてこともない。ただ、長く続けていると、そういう運営上の問題は起こってきますね。

──なるほど。定期的に開催しているセッションだと、だんだんと内容や参加者が煮詰まっていってしまうこともあるかと思うんですが、そのあたりはどんな工夫をされていますか?

金子  時々、ゲスト講師をお招きしています。今まで会に参加してくれていた方で、「この人を呼んでこういうことをやってみたい」というアイデアがあったら、なるべく聞くようにしています。ゲストの回は、参加費もゲスト講師の方自身に決めてもらいます。

他にも、私から「こういうことをやってみませんか」と提案するときもあるし、「何か提案あったら言ってください」って聞くと、みんな色々考えてきてくれて。家にあるものを持ってきたり、何かたくさん言葉を書いたカードを持ってきてくれた人もいました。

(文・取材: 加藤綾子)