金子泰子「即興という存在を知ってほしい」──岡山県総社市『インプロビゼイションの会』について【後編】

岡山県総社市で、7年に渡って開催されている『インプロビゼイションの会』。主催者のトロンボーン奏者・金子泰子さんにお話を伺いました。

後半では、金子さん個人の音楽活動、そして今後の会や即興の展望について聞いていきます。

練習が好きだからトロンボーン奏者になったくらい──金子さん個人の音楽活動

──金子さん自身のお話を伺いたいのですが、関東から岡山に引っ越されるきっかけは何だったのですか?

金子  私は子供のときからずっと喉が弱くて、ちょうどそれが、2013年頃からひどくなって来たんですね。それで、パートナーの家族が岡山にいるということで、引っ越してきました。

東京だったら6畳のアパートを借りるぐらいの家賃で、こっちは一戸建てを借りられるんです。食べ物も圧倒的に安いし、食費も浮くし、工夫すれば金銭的にもそんなに負担にならない。それで健康でいられるなら、ここで節約しながら生活した方がいいかなって。

インタビュー会場の『つながるカフェ 線』。新鮮な地元の野菜が軒先に並ぶ。

──総社市では、『インプロビゼイションの会』のほかにどんな音楽活動をされているのですか?

金子  こっちに来てからはソロが多くなって。曲を作るのも好きなので、それもたまには演奏したいと思ってます。総社に『かめやホール』というホールがあって、ちょっと演奏させてもらったことがあります。《まちなか美術館》というイベントのときに、場所を貸してくださるんですよ。

*2023年11月3日(金・祝)18:30~ 金子泰子トロンボーン(他小物楽器など)ソロコンサート
料金1000円(中学生以下無料) 場所:かめやホール 岡山県総社市総社1-4-8

──率直に伺うのですが、『インプロビゼイションの会』では、金子さんご自身のギャラは出ているのでしょうか。

金子  いえ、この会は基本無償ボランティアでやってるんですよ。でも、お金をもらってなくてもいいこともあります。お互いにライブなど関わっているイベントの告知をしてもいいことにしているし、面白い人と知り合えるし。

参加者も、予約なしでいいことにしてるけど、今のところゼロだったことはないかな……でも私、べつに誰も来なくても困らないんです、1人で練習できるから(笑) 公民館に楽器もあるし、ピアノもあるし、楽しく過ごせるので。

実は、トロンボーンって家であんまり練習できないんですよ。一応、防音ブースはあるんだけど、あの中で練習するとすごく惨めな気持ちになってくるんです(笑) 本当のこと言うと、毎日外で吹きたいくらい。

私、楽器の練習がものすごく好きで、だからトロンボーン奏者になってるみたいなところがあるんです。何時間も楽器と一緒に1人ぼっちにされても全然困らない、むしろ喜ぶくらい。それで、だれも来なくてもいいやって練習していたら、案外、誰かしら来てくれるので、会を始めるっていう感じ。

『つながるカフェ 線』庭先にて

深夜に世界中の人が集うリモート・即興セッション

──金子さんが参加者として足を運ぶ即興セッションなどはありますか。

金子  コロナが始まった頃から、インプロヴァイザー・オーケストラの『GIO』*が、オンラインでセッションを始めたんですよ。ただ時差の関係で、日本だとすごく朝早くか、夜中の2〜3時が中心なんですね。だからその時間に準備するのはハードルが高いみたいで、なかなか日本から参加しようっていう人がいないみたいなんです。

でも、私はそれがすごい好きで、一生懸命眠りながら参加してて(笑) 毎回やり方は違うんですけど、テーマややりたいことがある人が提案したり、なければ適当にグループ分けしたり、何十分かのセッションをしています。日本とちょっと違う面白さがあって、すごく楽しいんです。

──どんな違いがありますか?

金子  とにかくレベルが高いと感じます。自分が若い頃に憧れてたミュージシャンが、ぽんって入ってきたこともあって、びっくりしました。この違いを説明しようと思っても、なかなか言葉で説明できなくいんですが……とにかくいろんな国の方が混ざっていて、受け入れる力がすごいんです。

なんかね、あっけらかんと、コロコロ風景が変わっていくんですよ。中には「なんでこんなに素晴らしいものをただで垂れ流してるんだろう」って思うほど感動して、夜中に1人でジーンとする時もあって。

『GIO』代表のレイモンドさんは、すごく受け入れる間口が広いと感じています。演奏が素晴らしいだけじゃなくて人として優しくて、音楽心理学の本もいっぱい書いているそうです。1度岡山でライブしたこともあって、その時も、音楽ファンだけじゃなく医療関係の人が聞きに来てましたね。

コロナをきっかけにオンラインセッションを始めて、世界中の即興表現者がつながったわけですが、それは『GIO』の懐の深さと、即興だからうまくいったんだと思います。

*Glasgow Improvisers Orchestra……サックス奏者のレイモンド・マクドナルドらが創立メンバー。レイモンドは来日して即興ワークショップを行ったこともある。

参考資料:
Flattening the Curve Glasgow Improvisers Orchestra’s Use of Virtual Improvising to Maintain Community During the COVID-19 Pandemic
https://www.erudit.org/en/journals/csi/1900-v1-n1-csi06304/1080719ar.pdf
Our Virtual Tribe: Sustaining and Enhancing Community via Online Music Improvisation
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2020.623640/full

やらなくてもいい、ただ即興があることを知っていたら楽になる──今後の展望について

セッション会場すぐ近く、「備中国総社宮(びっちゅうのくにそうじゃぐう)」境内。建築と庭園、荘厳な風景が広がる

──今後、『インプロビゼイションの会』はどのように発展しそうですか?

金子  今のところ、大きなイベントをする予定はないです。今年から岡山市では新しい芸術祭*が始まったんですが、『インプロビゼイションの会』は所在地が総社なので、残念ながら参加できないんですよね。

何か大きなことができればいいんだけど、なかなか難しい。小さいものは自分の力で何とかなるんだけど……そういう歯がゆさはあります。

──難しいですね。即興は、もちろん表現方法や一つのジャンルではあるんですけど、普段の生活でどうにも息苦しさを感じているような人が辿り着いて、何か糸口を見つけられる場所なのではないかと思います。

金子  本当にその通りです。即興をやらなくてもいいし、嫌いでもいいから、とにかく存在だけ知ってくれればすごく楽になる、と思ってるんですよ。私自身、それを知らなかったがために苦労しちゃったところがあるので。

『インプロビゼイションの会』は本当にいろんな人が来ます。年齢も、経験も、考え方も、その時の精神状態も、ばらばらです。だから、そういう人が、「ただそこにいる」っていうことが嬉しくて……

例えば、ご高齢な方が2時間ずっと座って、ひたすら絵を描いていたり、誰かが演奏してたら、その演奏する姿を描いていたり。それが何か胸を打つものがあり、ちゃんとその場に入ってるんですよ。お子さんの表現にはっとすることもあります。いろんな人のいろんな表現が同じ場所に一緒に居られてこんなに混ざって、これは即興表現だから可能なんだよなあと感じます。

毎回じゃないんですけど、そういう忘れられない経験がいくつかあって、自分自身もそれで得難い体験をしたんです。もし私が若いとき──中学生とか高校生ぐらいのときに、こういうセッションに参加できる機会があったらすごくよかったなって。

実際のセッション中。画用紙と画材を広げ、思うまま絵を描く参加者の姿もあった

──金子さんの活動に関して、総社市の感触はいかがですか?

金子  市と一口に言っても、いろんな立場の方がいらっしゃって。中には興味を持ってくださる方もいらっしゃるんですよ。例えば若い方で、「即興って知らなかったけど、調べてみたらこんなのがあったんですね」とか、何か審査するときに「即興って言葉をほとんどの方が知らないから、資料を作ってあらかじめ渡しておきました」とか言ってくれたり。

だから、あと何十年かすれば変わるんじゃないかな、と思っています。その頃にはもう、私は70以上になってるわけですけど(笑)

*おかやまアーツフェスティバル……2023年より開始。『おかやま国際音楽祭』と『岡山市芸術祭』を前身に設立した。

終わりに

金子さんにインタビューした日、筆者は実際に『インプロビゼイションの会』にゲストとして出演させていただき、一般の参加者のセッションにも参加しました。おはじきを転がす人、喋る人、床に寝そべって、ずっと絵を描き続ける子どもたち。ステージはなく、平らな広々とした会議室で、みなさんリラックスしていました。

「セッションの最中、何か不安に感じたり苦しくなって、抜けたくなったら抜けていいです。私たちに理由を伝える必要もありません」とおっしゃる金子さん。

すべて、そこにくる人に委ねる。そして金子さん自身は、一切私情を挟まない──それは決して、冷たい意味ではありません。他者を尊重し、さまざまな人が共存する場として、金子さんの『インプロビゼイションの会』が末長く続くことを心から祈っています。

(文・取材: 加藤綾子)